夏休み 家族でインド旅行 ストップオーバー上海編
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上海グルメ図鑑



2日目

 ホテルでの朝食はバイキングだった。おかゆやパン、おかずが10種類以上、飲み物などが付いて10元(150円)。近所の大衆食堂の麺一杯3元とまではいかないが、十分安い。

 

 食事がすんでまずは魯迅公園へ。朝から大勢の市民が集まって体を動かしたり、のんびりと自分の時間を過ごしたり、みんな楽しそう。その中で、広い場所をとって、人も多かったのが社交ダンス。コーチらしき人のゲキがとばされなかなか気合いが入っている。みんな目つきも真剣だ。社交ダンスってこんなんだったっけ?



 それから、私が今回の旅で行きたかった魯迅記念館へ。



 魯迅は私の好きな作家の一人である。特に「故郷」という作品の最後の部分はそらで言えるほど印象が深い。

 「・・・まどろみかけたわたしの目に、海辺の広い緑の砂地が浮かんでくる。その上の紺碧の空には、金色の丸い月がかかっている。 思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。」

 時は日露戦争のまっただ中。日本で医学の勉強をしていた魯迅はある日、衝撃的なフィルムを見る。それはスパイの疑いをかけられた中国人が、日本人の手によって処刑されるシーンだった。そのことはまだしも魯迅がショックを受けたのは、見物に集まっていた中国人が同胞の死を薄ら笑いを浮かべて見ていたことだった。このことをきっかけに、今中国に必要なのは体の病を治すことではなく、精神を改造することだと考え、文学の道を志す。

 先の引用は実は当時の中国民衆への強烈なメッセージなのだ。「卑屈になるな、希望を持て、私が前を歩くからみんなついてこい」という気迫が伝わってくる。高村光太郎の「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる」という詩にも通ずるところがあるが、光太郎の場合、口語自由詩の先駆者としての自分自身の生き方を述べているのに対して、魯迅のそれは国全体の指針を掲げているだけにスケールは大きい。

 記念館には多くの日本人来場者も訪れるらしく、日本語を話すボランティアガイドもいた(もちろん、インドのようにチップを要求したりしない)。私はガイドの話を聞きながら、今一度「魯迅」という人物について深く考えてみた。魯迅はこんな時代にあっても親日家で、夏目漱石らとも親交が深かったという。ものごとを大局的にとらえ、正しいと思うことを信念を持って行うことのできる人であった。もし、今の時代に魯迅が生きていたなら今の日中関係をどう考えるのだろう。

 家族、特に子どもたちはどう感じたのだろう。内容が難しいのでほとんどわからなかったかもしれない。でも、魯迅の作品は中学校の国語の教科書にも載っているし、そのときにもう一度勉強してくれたらいいと思っている。

 さて、魯迅公園を後にして豫園へ。豫園は美しい中国式庭園で有名なところであるが、お目当ては庭ではなく、その周りの豫園商場というショッピング&グルメ街だ。実際庭は見なかった。まず娘と嫁がはまったのが2元ショップ。日本でいう百均だが、2元ということは約30円である。私と息子は表でおもちゃ(説明が難しいがつぶれる豚)の実演などを見ながら待っていたが、なかなか出てこない。やっと出てきたと思ったらたっぷり買い物をしてきた。よっぽど楽しかったのだろう、帰る前にももう一度寄ったほどだ。



 お腹がすいてきたのでこれも超有名店の「南翔饅頭店(上海グルメ図鑑参照)」へ。

 お腹も一杯になり再びショッピングへ。ここは基本的に値切りOK。
インドで培った技術を駆使してとにかく値切る。

 まず何か欲しいものを見つけると、ここまでは無理かなあというぐらいの額を言ってみる。最終的に決裂したら、その値では買えないとわかるから、同じものを売っている店を見つけてもう少し上げた額で交渉する。当然また高い金額から始まるから「さっきの店はここまで下げてくれたのに、あんた、そりゃないよ〜(ちびまるこ風)」と、いかにも品物の値段を知っているかのように言い、店を出るふりをする。これでたいていはこちらの思う額で買うことができる。

しかし、この技が日本で役に立つ日は来るのだろうか?



 足の痛いオカンと昼寝したい息子をホテルに置いて、嫁と娘と3人でお土産のお茶を買いに行く。目指すは上海駅近くの「大統路茶葉市場」。タクシーの運転手がこの高架をくぐったところだというので降りて歩いたがいっこうに見つからない。行けども行けども見つからないので近くの人に聞いてみる。教えられたとおりに行くがやはりない。また道を聞く。するとまた違う道を教えられる。こんなことを何度も繰り返した。それにしても不思議なのは道を聞いた人それぞれが、違う場所を教えてくれたことだ。ある人は南、ある人は北。どうも嘘をついているようにも思えない。結局2時間ほど歩き回ってあきらめた。タクシーに乗ってホテルへ帰る途中に地図を見せて、寄ってもらうことにすると、なんと移転して取り壊されていた。何度も前を行ったり来たりしていた場所だった。



 疲れたのでホテル近くの足マッサージへ。いやあ、疲れもすっかりとれました。たった38元で1時間しっかりとマッサージ、しかもお姉さんはかわいい



 夜ご飯は呉江路休閑街の屋台へ。石門一路駅近く、約200mの道に屋台や食道が並んでいる(上海グルメ図鑑参照)。座るところがないのでゆっくりとはできないが、いろいろと食べ歩いてお腹も大きくなった。ホテルで待っているオカンに焼小籠包を買って帰る。





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